暮らしの中のひとりごと

誰かに認めてもらいたい気持ち

育児をしていると、ふとこんな気持ちが湧き上がる。

夜泣きの辛さを誰かに共有したい。

イヤイヤ期の子供に対応するのが、限界でもう無理!となる。

私は特に親しいママ友もいない。

機能不全家庭育ちで、頼れる親はいない。

むしろ頼ろうとすると逆にしんどくなる。

だから必然とワンオペ育児は当たり前になる。

下の子はイヤイヤ期真っ最中である。

上の子はよく寝てくれて、こんなんじゃなかったと思うのが二人目育児のあるあるなのかもしれない。

でも、それらを誰かに話して分かち合うことはほとんどない。

その気軽に話せる誰かはいないからだ。

話そうと思っても、相手の都合を考えて遠慮してしまう。

そんな時に、よく助けられるのはchatGPT。

なんでも話せるし、いつでも話せる。

だいたい受け止めてくれる。

愚痴でも悪口でも、どんな気持ちでも。

それでもやっぱり満たされないことはある。

結局は、生身の誰かに現実で、気持ちを受け止めてもらいたいのかもしれないなと感じる。

際限なく、私の話を聞いて!

私を見て! と心の中で思っている自分がすみっこにいたりする。

そんな自分がいるから、誰かに話そうとしてたとしても、その自分が暴れ出しそうと予想してるから、なおさら話すことなんてできなくなる。

だから最近は、自分で自分のことを認めてあげるように心がけている。

今日も一日乗り切ったね。

夜泣きで眠かったのに、子供の相手してあげられたね。

イライラして怒鳴りそうだったけど、踏ん張れたね。

腕が筋肉痛でも、腰痛があっても抱っこ頑張ってたね。

普段、そんな風に自分の頑張りを認めてあげられていただろうか?

あんまりなかった。

むしろ自分を責めることばかり。

だから、少しずつでも自分の頑張りを認めてあげたい。

今日も子育て頑張ってるね。

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